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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和32年(ホ)138号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人は被控訴人清田サミに対して二〇〇、〇〇〇円、被控訴人清田英敏、同武和、同繁及び同洋に対して各一〇〇、〇〇〇円竝びに以上の金員に対して夫々昭和三一年一月二二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決竝びに当審における被控訴人らの新請求を棄却するとの判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決竝びに当審において新請求として主文第二項同旨の判決を求めた。

事実竝びに証拠の関係は、被控訴人ら代理人において「本件事故発生の現場である二級国道の管理者は大分県知事であり(道路法第一四条)、その維持修繕その他の管理に要する費用は控訴人大分県が負担する(同法第五一条)のであるから、大分県知事に右国道の管理につき注意義務違反の点があり、よつて訴外清田晟の事故死を惹起するにいたつた以上、控訴人大分県は同訴外人やその妻子である被控訴人らに生じた損害を賠償すべき義務あることはいうまでもなく、かりに第三者である日本国有鉄道が控訴人大分県の許可なく右国道を勝手に占有し、ここに土砂を堆積したことが事故発生の直接の原因をなすものであつたとしても、それによつて控訴人大分県の責任が免除消散さるべき理由とならないことは、国家賠償法第二条第三条の規定により明かである。ところで被控訴人らは昭和三一年二月一四日同訴外人の相続を放棄したので、もはや同訴外人が本件事故死により喪失した将来得べかりし利益に相当する損害の賠償請求権を相続取得したことを以て請求原因とすることはできないが、同訴外人の妻或は子である被控訴人らが同訴外人の本件事故死により収入の途を閉ざされて将来不安な生活を辿ることを余儀なくされ、極めて甚大な精神上の苦痛を蒙つたことは容易に推認しうるところであり、その苦痛は少くとも妻たる被控訴人サミについては二〇〇、〇〇〇円、子たるその余の被控訴人ら四名については各一〇〇、〇〇〇円を以て慰藉せらるべきである。それで被控訴人らは控訴人大分県に対し右各金員竝びにこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和三一年一月二二日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を請求するものである。なお控訴人大分県に対する、被控訴人らが同訴外人の本件事故死により扶養請求権を喪失したことに伴う損害は、それ自体としてはその賠償を請求しないけれども、右慰藉料額の算定にあたり、十分考慮せられるべきである。その他被控訴人ら代理人の従前の主張に反する控訴代理人の当審における主張事実はすべて否認する」と述べ、控訴代理人において、「訴外清田晟が本件事故死当時衣料商を営み、被控訴人ら主張どおりの額の各税金を納入していたこと、同訴外人の余命が統計上なお二七年を残すこと及び被控訴人らが昭和三一年二月一四日その相続を放棄したことは認めるが、被控訴人らの主張する扶養料、ひいてその喪失に伴う損害額竝びに慰藉料額の計算はその基礎において誤りがある。しかし本件事故はもともと第三者たる日本国有鉄道の管理者たる国において、道路管理者たる大分県知事から道路法第三二条に基く本件国道の占有の許可を受けることなく、排水溝設置のためとて勝手にこれを掘り毀し、そこを訴外清田晟が第二種原動機付自転車運転の免許所持者でありながら、道路交通取締法第七条に基く業務上の注意義務に違背し、酒に酔つて正常な運転ができない虞があるにかかわらず、その操縦を敢てし、ためにハンドルの操作を誤まり、後車輪を土砂の流失防止のため路上に横たえられていた枕木の端に引掛けて転倒した結果発生したのであるから、かりに該工事実施の方法に不備が存していたとしても、施工者たる日本国有鉄道ならいざ知らず、道路管理者たる大分県知事或は控訴人大分県において、本件事故の責を負うべきいわれは全くない。しかも、該工事個所はなお幅員四米の片側交通路を残存し、大型自動車の通行も可能であり、長さ五米の工事現場には佐伯土木事務所長より佐伯警察署長に対し、道路法第四八条第三項に定めた通知がなされた後同条第一項にしたがつた片側交通禁止の道路標識が設置され、掘さく個所の周囲には一米以上の土砂を盛上げ且つその流失を防止するために枕木を横たえて縄張りし、夜間は常時赤色燈がつけられていたばかりでなく、国鉄佐伯駅構内下り方面照射の一キロワツト構内燈(常夜燈)も本件工事個所まで照射していたのであつて施工者の執つた道路法施行令第一五条第五号に定めた道路交通の危険防止の措置には些かの遺漏もなかつたのである」と述べ、被控訴人ら代理人において乙第一乃至第一五号証に対する原審における認否を撤回して、いずれもその成立を認め、控訴代理人において、当審における証人神田勝郎、児玉村夫及び中岡富男の各証言竝びに検証の結果を援用したほかは、原判決事実摘示どおり(但し原判決八枚目裏五行に証人「水沢道勝」とあるは「水沼道勝」、一一行に「溝口衛」とあるは「溝口衞」、一二行に「秋山雅美」とあるは「秋永雅美」と各訂正する)であるから、ここに引用する。

理由

一、本案前の抗弁について。

本件事故の発生したところが、佐伯市蟹田区国鉄佐伯駅南方約三〇〇米の二級国道上であることは当事者間に争いがない。そうすると右国道の維持、修繕その他の管理は道路法第一四条第一項の規定により大分県知事がこれを行い、その費用は同法第五一条第一項の定めるところにより大分県がこれを負担することは明かであるから、右国道の管理に瑕疵があつたため他人に損害を生ぜしめたときは、国家賠償法第三条第一項の規定により費用負担者たる大分県も大分県知事と並んでその損害賠償の責に任ずべく、いずれを被告とするかは被害者の選択にまかせられているものと解せられる。しからば被控訴人らが大分県を被告として本訴に及んだのは決して当事者適格を誤まつたものとはいえないので、控訴人の抗弁は採用できない。

二、本案について。

被控訴人らは原審において、当初訴外清田晟の本件事故死により(一)同訴外人が自ら(1)喪失した将来得べかりし利益に相当する損害の賠償請求権及び(2)蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料の請求権をともに相続取得したとしてこれに基く請求に合せて、(二)被控訴人ら自身もまた精神上の苦痛を蒙つたとして慰藉料(被控訴人ら五名各一〇〇、〇〇〇円宛)の支払を求めたが、その後同訴外人の相続を放棄したとて(一)の(1)及び(2)の請求原因を撤回して、改めて被控訴人ら自身同訴外人の死亡によりその扶養を受け得なくなつたことに伴う損害の賠償を請求するとともに、(二)の慰藉料の請求を拡張(被控訴人サミは二〇〇、〇〇〇円その余の被控訴人四名は各一〇〇、〇〇〇円宛)したところ、当審にいたり控訴代理人において右請求原因の変更に同意したが、ついで被控訴人ら代理人において右扶養請求権の喪失に伴う損害の賠償請求を放棄して右慰藉料の請求のみに限定し、これに対して控訴代理人から格別異議は申立てられなかつたので、結局当審において判断すべき事項は右慰藉料請求の当否につきることとなる。さて昭和三〇年一一月一二日午後一〇時五〇分頃訴外清田晟が第二種原動機付自転車に乗つて佐伯上岡間の二級国道を佐伯駅方面に向けて進行中、同駅南方約三〇〇米のその頃日本国有鉄道大分鉄道管理局が土木請負業盛田組をして施工させていた同駅構内排水用の暗梁新設工事現場にさしかかつた際、転倒して頭蓋底骨折を蒙り、翌一三日午前一〇時二五分頃佐伯市南海病院において死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一五号証の記載に原審証人寺尾米田郎、藤原英嗣の各証言を綜合すると、同訴外人は乗つていた前記自転車の後車輪左側のリムを路上に横たえられていた枕木の端に激突させた結果転倒したものと推認され、これを覆えすに足りる証拠はない。そこで右工事現場の当時の状況をさらに調べてみると、成立に争いのない乙第二号証の記載、原審竝びに当審における検証の結果によれば、右工事現場附近一帯の国道の幅員は九米であつたことが認められるが、当時工事現場が掘り起されその土砂が道路の西端から東西約五米、南北約四米の範囲にわたり路上に堆積されていたことは当事者間に争いがないので、結局工事個所における国道東側の通行可能な部分(以下通路と略称する)の幅員は約四米を残すに過ぎなかつたことが明かであり、しかる以上原審竝びに当審における検証の結果によつて認められる工事個所の位置及びその交通量から推して、本件当時右通路における諸車の交通がかなりの混雑を呈したであろうことは容易に窺知することができる。そうとすると当事者間に争いのない工事現場に道路片側使用と墨書した約四〇糎平方大の立札を設置した以外に、原審竝びに当審証人神田勝郎、児玉村夫の各証言によつて認められる直接工事を監督した右両名が約六〇糎もの高さに堆積した土砂が崩壊して路上に散乱或は流失するのを防止する配慮のものとに右土砂の周辺に枕木を横たえさせたことは、それが常時画然と整置されているならば、明確に通路を危険な工事現場から区別し得る上からも、該工事による通路交通上の事故の発生を防止するに役立つ適切な措置の一たるを失わないけれども、成立に争いのない乙第一二乃至第一四号証の記載及び原審証人太田喜一の証言によれば、枕木は常に必ずしも画然と整置されていたものとはいえず、なかには一端が多少通路上にはみ出ていたものがあつたことを否定するわけにはいかない。ところで原審竝びに当審における検証の結果によれば、本件国道は右工事個所附近においてやゝ彎曲しているとはいえ。その南方は約一五〇米先まで見とおし得る一直線をなしているので、昼間はもとより、夜間においても工事現場の所在を識別させるに足るほどの照明さえ、あれば、通行者はかなりの遠距離から道路の異状を予知してこれに応ずる処置を執り、無事通路を北行し得るものと思われるので、次に右工事個所における夜間照明の状況を検討するに、道路法施行令第一五条第五号によれば、道路を占有して工事を実施する者は工事現場に夜間赤色燈をつけることが義務づけられているところ、原審及び当審証人中岡富男の証言によれば、九州電気工事株式会社佐伯出張所工務係の同証人が昭和三〇年九月一一日頃本件工事の施工者盛田組の注文により本件工事現場に道路標識用の点燈設備工事を行つた後、ソケツトには赤色の電燈をつけるように指示したことまでは認められるけれども、原審及び当審証人神田勝郎、児玉村夫の各証言によつても本件事故当夜右工事現場に赤色の標識燈が現実に点燈されていたと断定することはできず、却つて原審証人後藤岩見、吉川清生、太田喜一、加藤トヨ、加藤フサ子、藤原英嗣、平江重義、後藤長士の言証各によれば、右同所に赤色の標識燈が点燈されていたのは、盛田組が該工事に着手した昭和三〇年九月中旬から、二、三日、長くとも僅々一〇日の間であつて本件事故当夜はすでに点燈されていなかつたことが認められる。ところが成立に争のない乙第二号証の記載、原審竝びに当審における検証の結果によれば、本件工事現場の北方約三三米先の高さ約一八米の鉄道構内電柱に一キロワツトの構内照明燈があり、また工事現場の道路西端から約七米西によつたところの鉄道踏切の近くに一〇〇ワツトの電燈のあることが明かであり、控訴人は右両燈は本件工事現場をも照射するというが、原審証人溝口衛、佐藤守義の各証言によれば、右一〇〇ワツトの電燈は終夜燈であることは認められるけれども、原審証人児玉村夫、平江重義の各証言によれば、それは踏切照射のためのものであつてその光は本件工事現場まで照射するに足りないことが窺知できるし、一方右一キロワツトの構内照明燈は原審証人末岡常男、吉川清生の各証言によれば、点燈時その光力は本件工事現場に及ぶうるかのようではあるが、原審証人溝口衛、佐藤守義の各証言によれば、それは列車出入時に限り点燈されるものであつて、右佐藤守義の証言によれば、本件当夜の列車出入の状況からして同日午後一〇時五分頃から同一一時一〇分頃までの間は点燈されていた筈であるというけれども、原審証人藤原英嗣、平江重義、加藤フサ子の各証言により、本件事故発生当時右構内照明燈は点燈されていなかつたと認めるのが相当であるから、右佐藤守義の証言は信用しない。そうすると叙上照明状況に鑑み、成立に争いのない乙第八号証の記載及び原審及び原審証人加藤トヨ、加藤フサ子の各証言にあるように、右工事個所は本件事故発生当時明るくなく、その所在竝びに通路を識別するのは容易ではなかつたといわざるを得ない。仮に百歩を譲り前示踏切照明燈或は構内照明燈の光力が多少本件工事個所に及び得たとするも、これらに依存して赤色の道路標識燈を常夜点燈するのを怠ることは許されないものといわなければならない。

こうみてくると本件工事個所の工事状況殊に夜間における照明状況には本件国道交通の安全性保持について欠くるところがあり、かかる瑕疵があつたればこそ訴外清田晟において通路にはみ出した枕木の先端に気付かず、これに乗つていた原動機付自転車の後車輪左側のリムを激突させて転倒受傷し、その結果死の転帰を見るという本件事故が発生したものと推認できる以上、該国道管理者たる大分県知事の管理義務違背の責は到底免れ得ないところであり、該工事自体が成立に争いのない乙第一号証の記載、原審証人秋永雅美の証言によつて明かなように大分鉄道管理局において大分県知事から道路法第三二条に定めた道路占有の許可を受くるに先立ち盛田組をして施工させたものであつても、大分県知事においては直ちにかかる道路法違反の工事を中止させて国道を原状に復させ以てこれを常時安全良好なる状態において維持すべきであるのに、こと茲に出なかつたのであるから、この点は前叙義務違背につき何等の消長を来たすものではない。しからばさきに述べたところにより控訴人大分県は本件国道管理の瑕疵に基き発生した本件事故の損害を賠償する責に任じなければならない。

然るに控訴人は、訴外清田晟は当時酒に酔つていて正常な運転ができない虞があるにかかわらず、道路交通取締法第七条に基く業務上の注意義務に違背し、本件自転車を運転操縦した結果、ハンドルの操作を誤まり前車輪は事なく通過したのに後車輪を枕木に激突させたものであるというが、道路交通取締法第七条はその第三号において正常な運転ができない虞があるほどに酒に酔いながら諸車の操縦を敢てすることを以て無謀操縦の一類型としてこれを禁止しているのであつて、その程度にいたらない酒気ある操縦のすべてを禁止しているものとは解せられないし、これを本件について看れば、原審証人水沼道勝、安藤正良、平江重義の各証言に訴外清田晟がともかく本件工事個所まで無事該自転車を操縦してきた事実を考え合わすれば、当時同訴外人が多少酒気を帯びていたことは否み得ないけれども、右に述べた所謂酪酊運転の状態には達していなかつたものと認めるのが相当である。右認定に牴触する乙第四、第六、第九、第一〇号証の記載、原審証人寺尾米田郎、藤原英嗣の証言の各一部はともに信用できないし、また成立に争いのない乙第一五号の記載によつて認められる枕木と自転車後車輪の衝突の状況からみて、直ちに同訴外人の運転方法が酒勢にかられた拙劣粗雑なものであつたと断定するのも早計である。更に、原審における被控訴人清田サミ本人尋問の結果によれば、同訴外人は昭和二八年頃にも同様自転車を運転中列車と衝突して負傷したことがあつたことを認めることができるけれども、同時にそれは降雨中頭巾によつて前途の見透しができなかつたのと自転車の機関音にさえぎられて列車の近接音響を覚知しなかつたのが原因であり、当時同訴外人は酒を飲んでいなかつたことが窺知できるのであるから、右衝突の一事をとつてもつて本件事故の場合に類推することも失当である。その他前認定を覆えすに足りる証拠はない。しからば同訴外人の酩酊、粗雑な操縦を理由とする控訴人の過失相殺の主張はこれを採用することができない。さて被控訴人清田サミが同訴外人の配偶者、その余の被控訴人四名がその子であることは当事者間に争いのないところであり、いまや本件事故によりその夫、その父を失い、今後物心ともに安定を欠いだ生活を辿ることを余儀なくせられ、精神上極めて甚大なる苦痛を蒙つたことは想像するに難くなく、当事者間に争いのない同訴外人が本件当時満三九才で衣料品商を営み被控訴人ら主張どおりの税金を納入しえた事実、原審における証人清田利昌の証言及び被控訴人清田サミ本人尋問の結果によつて認められる被控訴人らの年齢、職業、教育関係、前段認定に係る本件事故の態様、帰責関係、その他本件記録に顕われた諸般の事情を彼是勘案するときは、右精神的苦痛は被控訴人清田サミについては二〇〇、〇〇〇円、その余の被控訴人四名については各一〇〇、〇〇〇円の金員を取得させることにより慰藉せらるべきものと認める。それで控訴人は被控訴人らに対して右各金員竝びにこれらに対する本件訴状送達の翌日の後であること記録上明かな昭和三一年一月二二日以降完済にいたるまで民事法定利年率五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものといわなければならない。そうすると控訴人の無責任を理由とする本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、被控訴人らの当審における新請求は相当であるからこれを認容し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(昭和三三年一一月二七日 福岡高等裁判所宮崎支部)

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